2018/03/30発行 2018 SPRING掲載記事

ビジネスインタビュー

同時性を重んじながら 思い出も大切にする

NHKコスモメディア・アメリカ社長&CEO 滝口健一郎


 北米での日本語番組放送「テレビジャパン」、当地での番組制作、さらにオンライン動画配信サービスを事業に加えたNHKコスモメディア・アメリカ。社長の滝口健一郎さんに話を聞いた。

――NHKコスモメディア・アメリカが現在行っている事業について教えてください。

 大きくは三つあります。一つは放送事業、一つは番組制作事業、そしてもう一つは新しく始めたVOD(ビデオ・オン・デマンド)事業です。

 北米で唯一の24時間の日本語放送「テレビジャパン」は1991年にスタートし、4月で27年です。NHKの番組が90%、民放の番組が10%の構成で放送しています。

 番組制作事業としては、日本のBS1衛星放送で放映する、年間約250の大リーグの試合中継をしています。NHKで放送する情報番組と合わせると、年間約600番組を当地で制作しています。

 そして、今年1月3日からは、オンライン動画配信サービス、「dライブラリジャパン」を事業に加えました。

――それぞれの事業が果たしている役割はどんなものだとお考えですか?

 テレビジャパンでは、ニュース番組を生放送あるいは1時間遅れで、ほぼ同時に放送しています。同時性にこだわるのは、ニュースが生命、安心、安全に関わるものだからです。これは、われわれの番組を見てくださっている北米の視聴者だけでなく、彼らの日本にいる家族や親戚などを含めてということになります。例えば日本で地震が起こった、台風が近づいているといったニュースは、生命、安心、安全に関わる情報といえます。

 他に、大河ドラマや連続テレビ小説、民放のドラマやバラエティー番組などは、12時間後、遅くとも2、3日後には放送します。これはニュースとは違って、日本で見るのと同じ雰囲気を感じてもらうことを大切に考えています。大河ドラマを同時放送すると、ニューヨークでは日曜日の朝6時からの放送になってしまう。大河ドラマは、やっぱり日曜日の、ご飯を食べた後に見たいよね、という雰囲気ですね。とは言っても、できるだけ早く、日本と「くっつく形」で放送することも大事で、日米のコミュニケーションのギャップを生まないように配慮しています。

 例えば日本にいる家族、友人と電話で、「あのドラマ見た?」という話ができますよね。テレビに関しては同じ話題でコミュニケーションできるわけです。また、日本で生きている人々が、今どういう感じで生きているのか。一言で言うと、日本に今、どういう風が吹いているのかを感じてほしいと考えているのです。それが、放送が半年すぎてしまうと、やはりギャップが生まれてしまう。

――北米で番組制作をする際に考えていることは?

 北米で番組制作をする上で、果たすべき役割は二つあって、一つは、大リーグの田中将大選手、大谷翔平選手、ダルビッシュ有選手はじめ、日本から海外に出てきて、さまざまな業界で活躍する日本人の姿を伝えることによって、日本に住んでいる人に共感を呼び起こすこと。

 もう一つは、世界の多様性を伝えることです。世界には、いろいろな考え方、生活様式を持つ人がいることを伝える。どういう人たちが、どういうものの考え方をしているのか、どれだけさまざまな形でこの地球上で暮らしているんだという。われわれの場合、それを北米から伝えます。

――新たにVOD事業を始めましたが、ここでの狙いは?

 これまで、テレビジャパンの放送を通じて、いかにいろいろなものを、日本とほぼ同時に共有できるかを追求してきました。ただ、人間の生活は、「今」だけではない。大切な思い出や過去も持っている。テレビジャパンの放送は、ある意味で、われわれがわがままに番組を編成しています。視聴者が好きなときに、好きな番組がやっているとは限らない。見逃したもの、さらに過去に見たものをもう一度見たいという気持ちがあります。dライブラリジャパンでは、インターネットを受信するデバイスがあればいつでもどこでも見られる。

 ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、同時性を重んじるテレビジャパンと、思い出を大切にするdライブラリジャパンを兼ね備えることで、視聴者の皆さんの今と過去の人生に寄り添えるサービスが可能になったと考えています。

 スタート時のコンテンツはテレビジャパンと同じく、NHKと民放、さらに映画も合わせた計1270話。毎月新しいコンテンツを増やし、年間で1000話ずつ加えていこうと考えています。

――日本ではNHKはオンデマンド配信をすでに行っていますが、当地で、このタイミングで開始するのは、日本の番組を海外でVOD配信することが難しかったからでしょうか?

 確かにNHKは日本ではすでにオンデマンド事業を展開していて、VOD権についてはよく把握しています。しかし、それを海外、北米でとなると、二重の著作権をクリアにしなくてはいけない。その難しさゆえか、海外で日本語のテレビ番組のVOD事業というのは、あまり聞いたことがありません。これまでになかった事業をやるのは難しくもありますが、面白いことです。権利をクリアにして、十分なコンテンツがそろえられて、満足いくアプリが開発できた、というのが開始のタイミングでした。今後、コンテンツをさらに充実させる上で権利をクリアにする作業をスムーズに遂行する必要があります。

――海外での事業として、今後どんな事業を発展させていくのでしょうか?

 外国における、日本文化の発信の役割があると考えています。ただし、これをやろうとすると、英語の字幕をつける作業が必要になります。でなければ共感を得られないし、共感を得られなければ文化の発信にはなりません。そこが現在の放送事業とぶつかる部分で、字幕を作成して放送するには時間がかかる。そうなると放送の同時性が失われてしまう。そこが課題ですね。

――海外で事業を展開している利点は?

 例えば、大リーグ中継。アメリカの放送は、球場にレーダーを設置し、球の回転数、バットスイングのスピードまで測って、さらに画像分析も加えたスタットキャストというシステムを導入しています。野球をここまで分析しようという発想は日本にはありません。

 そういうアメリカの現場での技術革新、ツールの飛躍的な進化を目の当たりにして、それにいち早く触れ、使えるチャンスがある。それゆえ、その能力を読み取ってノウハウを習得し、番組の演出にどう変換できるか、というところが問われます。そこが、日本では味わえない醍醐味(だいごみ)みたいなものですね。

――NHKはハイビジョン、8Kなどは常に率先して、最先端技術を番組、放送に取り入れていますね。

 NHKに限らず、放送業界は技術革新に関して非常に敏感です。私自身、日本の放送業界の現場で育てられてきた中で、変化し続ける技術にどうやって対応するか常に考えさせられました。われわれは勉強しながら、日々それをどうやって使うかと考え続けなくてはいけない。

 また技術革新といえば、車や家電など、プロダクトではどんどんAIが取り入れられています。いまだにコンピューターが作ったドラマがあるとは聞いたことがないですが、今そこまでは到達していないだけで、いずれは出てくるのかもしれない。夢の果ての、その先にあることでなく、技術革新は今、目の前で起こっています。

 どこまで入ってくるのか、正解を持ってはいません。ただ、優先順位をつけて取り入れていく必要がある。例えばAIを使って、ほどんど同時に英語字幕がつくならば有益かもしれないけども、大河ドラマのような特殊な言葉を使うものに応用できるのかと考えると、まだ課題がありそうです。

 そして、何を優先すべきかを考えると、受益者、われわれにとっては視聴者が、それを違和感なく受けられるサービスの提供が最優先となるのです。

視聴者の人生に寄り添う サービスを届けたい

滝口健一郎 Kenichiro Takiguchi

大分県出身。京都大学理学部卒。1976年、NHK入社。82年に教養科学番組部に配属され、「ウルトラアイ」など科学番組のプロデューサー。最先端技術、宇宙、環境問題を主に扱う。2010年から編成局長。12年にNHKエンタープライズ取締役、14年から現職。

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